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玄理(ヒョンリ)はお嬢様育ち!実家は超お金持ちで父親は実業家!

韓国籍女優の玄理(ヒョンリ)さん。

玄理さんは日本語、英語、韓国語を自在に操るトリリンガルで、主に日本で活動していますが、アメリカ・イギリス・フランス・ポルトガル・韓国の映画に出演するなど、世界で活躍する国際派女優です。

そんな玄理さんですが、生い立ちを追っていくと なんと実家は超お金持ちで、かなりお嬢様育ちであることがわかりました!

住む世界が違うというのはこのことかと思いましたね!

今回は「玄理(ヒョンリ)はお嬢様育ち!実家は超お金持ちで父親は実業家!」のテーマで、玄理さんの実家やお嬢様エピソードをご紹介します!

玄理の実家は超お金持ち!

玄理さんは韓国人の父親と母親を持ちますが、東京都生まれの東京育ちです。

中学生のときにオックスフォード大学サマースクールへ短期留学した経験もあり、日本語・英語・韓国語を流暢に話すトリリンガルですが、

意外にも玄理さんは高校3年生まで母国語である韓国語を一切話すことができなかったのだとか。

これは、玄理さんの父親や母親との日常会話が日本語だったからであるのですが、玄理さんは母国語である韓国語を話せないということに悔しい思いをし、韓国語を猛勉強したそうです。

また、青山学院大学法学部に在学時には、韓国延世大学へ留学し映像演技を専攻、そのかたわらモデルとしても活動していたそうです。

経歴だけ見ても、私立大学出身で留学経験ありのトリリンガルですから、玄理さんはお嬢様な感じがすごくしますよね!

それもそのはず、玄理さんの実家は超がつくほどのお金持ちで、玄理さんはお嬢様と呼ばれる部類の方ですから正真正銘のお嬢様ですね!

玄理の実家は超お金持ち!父親はパチンコ店オーナー

玄理さんの父親は、第二次世界大戦後に来日して1人で1からパチンコ店を創業したそうです。

今や全国にチェーン店を展開するパチンコチェーン店のオーナーなのだとか。

パチンコチェーン業界大手の2005年のマルハン会長へのインタビューでは、その約7割が在日韓国人・朝鮮人による経営だと紹介されていました。

現在日本にあるパチンコチェーン店は160社以上ありますから、玄理さんの父親が経営するパチンコチェーン店を特定するのは至難の業ですね(苦笑)

また、マルハンの韓(ハン)会長は、第二次世界大戦後の混乱に乗じて移住権を取得、在日に対して融資してくれない銀行、在日への就職差別などを受けながらも、パチンコ店創業に至ったそうです。

第二次世界大戦後に生活のために日本に渡った韓国人は多いそうですから、玄理さんの父親も似たような状況だったのかもしれませんね。

玄理の実家は超お金持ち!母親は建設会社社長

玄理さんの母親は建設会社の社長をされているそうです。

名前などの情報は公開されていないため、詳しいことはわかりませんでしたが、玄理さんの父親とは20歳以上も離れているのだとか。

14歳で来日した、パチンコチェーン業界大手マルハンの韓会長は御年91歳(2022年7月現在)ですから、玄理さんの父親が韓会長と同じ年回りだと仮定すると、玄理さんの母親は70歳ほどということになりますね。

玄理さんの母親には韓国で仕事をしていた際、高級ホテルの最上階を3年間貸し切りにしたというエピソードがあります。

家を探すのが面倒という理由で高級ホテルの最上階を貸し切りにしてしまうなんて、金銭感覚が一般人とは違うことを思い知らされます!

また、このエピソードの続きには、当時のアメリカ大統領がビル・クリントン氏(在任:1993‐2001)だったとき、クリントン氏が来韓する際、玄理さんの母親が借りていた部屋に宿泊したいと言われ、貸してあげたという話があります。

金銭感覚が一般人とはずば抜けている家庭で育ったお嬢様な玄理さんですが、もとより芸能界に興味があり、いくつもの事務所からスカウトされていたそうです。

玄理さんが芸能活動を希望したときには、玄理さんの母親は、友人から「芸能界はそんなに甘くない世界だ」と聞いていたため、玄理さんを案じて反対したそうです。

結局玄理さんは「人生は一度きり」と、芸能活動を開始しますが、現在は玄理さんの活躍を嬉しく思っているのでしょうね!

玄理のお嬢様育ちエピソード

玄理さんの父親と母親が実業家であることから、玄理さんの実家はかなりのお金持ちであることは想像に難くないですよね!

ちなみに玄理さんの母方の祖父は総合病院の院長だそうですよ!

職種はバラバラなのに皆さん地位が高く、個人の能力の高さがうかがえますね。

ここからは玄理さんの実家がどれだけお金持ちで、玄理さんがお嬢様なのか、玄理さんのお嬢様育ちエピソードをご紹介します。

玄理のお嬢様育ちエピソード① 3人のお手伝いさん

玄理さんの家族は、父親・母親・兄・玄理さんの4人家族です。

玄理さん一家は3人のお手伝いさんを雇っていたそうです。

家族4人に対して3人のお手伝いさん…て、お手伝いさんは一体何をするのでしょうね?

お手伝いさんの呼び方には、ほかに家政婦という呼び方もありますが、

  • 家政婦:家事のプロとして通い家事をこなす人
  • お手伝いさん:昔は女中と呼ばれ、住み込みで家事などを行い奉公する人

(出典:https://pinay.jp/kajilab/kajidaiko/housekeeper-maid-difference/)

という違いが昔はあったようです。

現在は違いはほとんどなくなりましたが、お手伝いさんの需要は19世紀後半から20世紀にかけてと言われていますから、玄理さん一家が雇っていたお手伝いさんは”昔ながらの住み込みのお手伝いさん”だった可能性が高そうですね。

小さい時からお手伝いさんが3人もいる家…、さすがお金持ちです。
玄理さんは確かなお嬢様育ちのようですね。

玄理のお嬢様育ちエピソード② 安藤忠雄が建築した大豪邸

玄理さんが幼少のころは”豪邸”と呼ばれる家に住んでいたそうです。

その規模は、雇っていた3人のお手伝いさんのほかに、ダスキンのスタッフが40人がかりでないと掃除しきれなかったほどだと言います。

しかも、玄理さんのこの大豪邸を設計したのは世界的に有名な建築家である安藤忠雄氏だそうです。

邸宅は一切の階段がなく、代わりに全てがスロープで設計されていたそうです。

階段のない家というは平屋しか思い浮かばないのですが、どんな家なのでしょうね!

ちなみに玄理さん一家が住んでいたこの邸宅はすでに売りに出され、玄理さん一家は引っ越しています。

安藤忠雄氏が設計した邸宅は東京都に絞ると(玄理さんが東京都渋谷区出身のため)以下7件が該当します。

  • 大楠邸(世田谷区:1978年)
  • 赤羽邸(世田谷区:1982年)
  • 金子邸(渋谷区:1983年)
  • 城戸崎邸(世田谷区:1986年)
  • 佐々木邸(港区:1986年)
  • 城尾邸(渋谷区:1989年)
  • 伊東邸(世田谷区:1990年)

(出典:Wikipedia

特に伊藤邸は2020年に売りに出されていて、当時の販売価格は7億5千万円だったそうです。

かなり価値のある安藤忠雄氏建築の邸宅に住んでいた玄理さんはやはりお嬢様ですよね…!

というか、安藤忠雄が建築した実家とか一般人には恐れ多くて考えが及ばないです。

https://twitter.com/86sono96skrk/status/1519979793806430209?s=20&t=Y7r9SqAPML1sT3g_S7f2Jw

玄理(ヒョンリ)はお嬢様育ち!実家は超お金持ちで父親は実業家!*まとめ

今回は「玄理(ヒョンリ)はお嬢様育ち!実家は超お金持ちで父親は実業家!」のテーマで、玄理さんの実家やお嬢様エピソードをご紹介しました。

玄理さんはパチンコチェーン店オーナーである父親と建築会社社長の母親を持つ正真正銘のお嬢様です。

玄理さんが幼少のころに住んでいた実家は、世界的有名な建築家である安藤忠雄氏の設計で、過去に売りに出された安藤忠雄氏設計である伊藤邸の当時の販売価格は7億5千万円でした。

お金持ちでないと購入できないほど価値のある邸宅であった玄理さんの実家は、3人のお手伝いさんでは掃除がしきれず、ダスキンのスタッフ40人がかりでないと掃除がしきれないほどの大豪邸だったそうです。

玄理さんは一般人とは違う世界に住んでいる、超お金持ちのお嬢様なんですね。

最後までご覧いただきありがとうございました。